「ORIGINAL」
Bird―in―the―cage
Bird―in―the―cage 第2章(1)
この章のイメージが固まるまで、結構かかりましたが、また変わっていくのかもしれません。
ラストと各章の概要しか決めずに書き出したのが、致命的なのかもしれません。
第2章 黄昏の街
(1)
「何時まで、寝てる気なの?」
恐ろしく乱暴に揺り動かれて、ユウは目を開けた。闇夜を思わせる漆黒の瞳が、自分を見下ろしているのが目に映る。
「着いたわよ」
ユウは自分が寝転がっていることに気がつき、上体を起した。そこは一面の草原で、ユウの躯は柔らかい草の上にいた。
アイに促され、足を踏み入れたところまでは覚えているが、次に気がついたときにはここだった。
全く違う景色を見て、自分が途轍もないことをしたのではないかと、恐れにも似た寒気が走る。
アイは黙ってユウの様子を見ていたが、しばらくすると立ち上がった。そしてそのまま、ユウに背を向けると歩き出した。
ユウはまだ重たい頭を振りながら、よろよろと立ち上がった。そんなユウに構わず歩き続けるアイは、いっさい助ける気がないらしい。内心、舌打ちをしながらユウも、アイの後を追った。
ふと気がついて、辺りを見渡して気がついた。アイの背中と右手には、荷物があった。アイとユウ、二人分のものだ。
「それ、貸せよ」
ユウはアイに追いつくと、アイの手の荷物に手を伸ばした。アイは右手の荷物を左手に持ち替えると、微かに笑った。
「初めての時空間移動なのに、随分と元気なのね。よかったわ」
「頭はまだ、重いけどな…。ここは、お前のいた世界なのか?」
まだ薄暗い中、二人は草原を歩いていた。空の色合いから見て、もうすぐ夜が明けるのだろう。
アイは頭をふると、足を止めた。
「違うわ。そう簡単には、戻れないもの。ここは、あなたが居たところに近いようね…」
「そうか…。なら、すぐに違う世界に行けば――」
言いかけてユウは言葉を止めた。すぐに移動が出来るならば、ユウの世界でもそうしたはずだ。
「無理なんだな?」
アイは一瞬、嫌そうに顔を顰めると一つ頷いた。
「精霊を休ませないと、移動は出来ないのよ。その世界によって時間は違うけど、ここなら五日ほどで移動できる筈」
「そうか…」
アイがそういう以上、ユウは反論のしようがなかった。見れば一面の草原が広がっていて、他には何一つ見えない。
「これから、どうするんだ?」
ユウはアイの手から自分の荷物を取り戻すと、肩に担ぎなおした。アイはその問いには答えず、そっと目を閉じた。すっと両手を伸ばすと、その手を返し、自分の胸元にあてる。
そのまま動かないアイをユウは見守った。
目を開けたアイは、右手で草原の彼方を指差した。ユウはその方向に目を凝らしたが、何も見えず、また聞こえなかった。
「――お迎えが来たようよ」
アイはユウに一言だけ声をかけると、それきり黙りこんだ。
ユウもそれにならって、口をつぐむしかなかった。
どれくらい時間が経ったのだろうか、明け闇の空はすっかり明るくなり、夜が明けたことを示していた。
微かな地響きとともに、黒い影が見えた。それは見る見るうちに近づいてきて、それが馬に乗った一人の男だということがわかった。男は草むらに埋もれそうに佇んでいる二人に向かい、迷うことなく真直ぐに馬を進めてくる。
ユウはそれをじっと見つめていたが、かたわらのアイは興味無さそうに空を見上げていた。
男は二人の目の前で馬を止めた。その風貌は逆光のせいで確かではないが、しっかりとした体格の男だった。
「とりあえずさ、一緒に来てくれないかな」
やる気のなさそうなのんびりとした声で、男は言った。
ユウは一歩前に出ると、男を見上げた。男は馬から降りると、ユウの前に立ちめんどくさそうに頭をかいた。
「別に無理にとは言わないんだけどさ、ここに居てもなんにもないからね。ぼくとしては、綺麗なお嬢さんが行き倒れるのは忍びないんだけど――」
男はユウには目もくれず、アイに向かって話しかける。というか、ユウのことは完全に無視している。そしてそのアイは、男を無視してユウに話しかけた。
「ユウ、私、足が痛いわ…」
そう言いながら事もあろうか、両手をユウに向かって差し伸べてくる。ユウは、予想外の展開についていけず、反射的にその手に向かって手を出してしまった。
「ふうん。君たちって、そういう関係なんだ。――ユウくんだっけ、仕方ないから君も一緒に来る?」
男が面白くなさそうに言うと、アイは手をさっと下ろしユウの手を払いのけた。
「ありがとうございます。私はアイと申します。これは私の従者でユウといいます。あなたのお名前は?」
アイは男の横に歩み寄ると、膝を折り優雅に貴族的な礼をすると、そのままの姿勢で、男を見上げ微笑んだ。それは手を払われたユウが抗議の言葉を飲み込むほど、可憐な微笑だった。
しかし男は首をかしげただけで、アイに手を差し伸べるとその躯を引き起こした。
「ぼくの名前はケイ。アイちゃん、よろしくね」
名前を聞いて、ユウは体勢を変えて男の顔がよく見える位置に移動した。
そこにはユウの知るケイとは、全く違う男が居た。年はユウよりも十歳は――いやそれ以上かもしれない――年上の男は、無精ひげを伸ばし笑顔を浮かべている。しかし、その表情は笑っているように見えるだけで、その目は笑っていないように見えた。
一見すると胡散くささしか漂わない男だったが、のんびりと穏やかな口調と無精ひげと相反する童顔が人の良さそうな印象を与えている。
「アイちゃんは、ぼくと一緒に馬に乗るとして、君はあるいてくれるかな」
ケイは何の躊躇もなくユウに言い放つと、アイを軽々と馬上に抱え上げた。アイの背中の荷物を投げつけることも忘れることなく。
「おい!」
思わず叫ぶと、ケイがにっこりと微笑んだ。
「君、男の子なんだから、大丈夫だよね。それとも――わざわざ助けに来た優しいぼくや、か弱いアイちゃんを歩かせようとなんてこと、考えたりしないよね」
ユウはその満面の笑みの中に、まだ少年だったケイの無邪気な笑顔の面影を見たような気がした。年を取れば、あのケイもこんな大人になるのだろうかと、ユウは眩暈を感じた。
どれくらい歩いたのだろうか、途中で小休止をはさんではいたが、体力には自信があるユウが音を上げそうになる寸前で、村の入り口が見えてきた。
思ったよりも大きな集落のようで、きちんとした城壁が村の周囲を囲んでいた。ケイは村に入ってすぐに馬から降りると、アイに手を差し伸べゆっくりと降ろした。まるでお姫様扱いだが、アイは平然とケイの手を取り降り立つと、優雅な微笑を返していた。
それを見てユウは思った。一体、アイという少女はいくつの貌を持っているのだろうかと。年相応の少女らしさ、年齢不詳の大人びた笑顔、ユウの前でだけ見せる冷たい愛想の無い様子、落ち着いた穏やかな表情、そして今見せている、上品な立ち居振る舞い。どれもがアイであって、そうでない気がする。
「あれ、疲れちゃった?若いのに、体力ないんだなあ」
しばらくの間ぼうっと考えていたらしく、呆れたようにケイに言われて、ユウは顔をあげ、すぐ横にあったケイに気づき、思わず飛びのいた。ケイはユウの行動を予想していたらしく、にやにやとしながらアイに向かって言った。
「悪いんだけど、ここからは拘束させてもらうね」
言うが早いか、ユウの躯は縄で手を後ろでに縛り上げられ自由を失った。のんびりとしたケイの雰囲気には似合わない、すさまじいほどの早業だった。
ユウはケイに体当たりをして、アイを逃がそうかと考えた。しかしケイはのんびりとした口調のまま、ユウを制した。
「駄目だよ、勝手なことしちゃ。彼女が困ったことになっちゃうよ」
ユウを拘束した縄の端を持ったまま、ケイはアイの背後に立っていた。見ればアイもユウと同じく、後ろ手に縛られ身動きが出来なくなっている。
瞬きする間の行動に、ユウは畏怖を覚えた。のんびりとした口調、表情を読ませない笑顔は、ケイが相手を油断させる擬態に過ぎない。この男は、とんでもなく危険な人間なのだと実感する。
「一応、この村の責任者として、君たちを調べなくちゃならないんだよね。だから、これから一緒に、巫女様のところに行ってもらうよ」
ユウはアイと一緒に、ケイに従うしかなかった。
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